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kaioc

Author:kaioc
ボク柴わんこ。名前はカイちゃん。自分のことを人間だと思ってるって言われるけど、そうじゃない。世の中はみぃんなわんこだと思っているだけさっ。

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ペットロス 3

一日目はまだ理性があった。
悲しみよりも、ちゃんとしなきゃと思った。
カイちゃんをちゃんと送ってあげなきゃ。キレイなわんこだったから、汚れてたらイヤだろうから、キレイにしてあげなきゃ。毛並みも整えて。耳もぴんとそろえて。
やるべきことがあって、段取り考えることもあって、まだ理性があった。CHANTOしてなきゃと、自分で思えた。
カイちゃんのお世話をする充足感というのが、あった。

カイちゃんがキレイなわんこにもどって、まるですやすやと眠るように横たわっているのを見ているうちに、ちょっと怒りがこみ上げてきた。

なんでこんなことになったんだ。なぜ死ななきゃならなかったんだ。もっと歩きたかっただろう。走りたかっただろう。いっぱい食べたかっただろう。穴を掘ったり、吠えたり、笑ったりしたかっただろう。
どうしてこんなことになったんだ。なぜだ。

次第にその怒りが、自分に向かった。
世話が足りなかったんだ。もっときちんと介護できたはずだ。いろんなところへ連れて行ってやれたはずだ。おいしいものを食べさせてやれたはずだ。
なぜそうしなかった。
自分をどんどんどんどん責めた。全部自分がわるい。こんな飼い主に飼われたからカイちゃんは不幸だったんだ。
カイちゃん、ごめん。カイちゃんごめんね。カイちゃんごめんね。ずっとそう言っていたと思う。

強烈な自責の念に苛まれたのが二日目だ。



***

いま思うに、たとえばこのことを他の誰かに話したら、きっと「そんなことはない。よくカイちゃんの世話をした。良い飼い主だったぞ」と言ってくれたのだろうと思う。

けど多分、どれほどそう慰められてもダメで、つまり自分が「完全な飼い主」でなかったことを自身で自身を責めている状態なので、受け付けられない。100点取れたのに取れなかった自分の情けなさを、いくら99点ならリッパだと言われても通じない(きっと)のと同じ。自分がデキなかったところ、失敗したところにしか目が行っていないから、話が完全に行き違う。

ということを考えると、自分がどうかは分からんが、完全主義者とか、努力家ほどペットロスに陥る危険性は高い気がするが、どうなんだろう。

私がわりと早く立ち直るキッカケをつかめたのは、きっと大した完全主義者でも努力家でもないからなのだろう。


「 私はせいぜいこんなものなのです。 」

こう思うことが大切なような気がする。いい加減な態度でいろということではなく(いてもいいと思うが。完全主義を唱えるより遥かにマシな気がする)、生命の神秘であることに、人間は完全に対応することは不可能と謙虚に思うことが大切かもわからない。

実際、真理として だれもが無力だ。そこを直視するべきかもわからん。そんな気がする。これは「逃げ」ではなくて「真理の直視」だ。

ちょっと、そう考えることができるようになってきた。二日目・三日目なとてもそんな心的態度は取れなかったが。
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